館 -house / mansion-
アッシャー館
物憂く暗く寂寞とした秋の1日、雲が重く垂れこめるなか、私は供もなく馬に乗り、荒涼とした不気味な土地を旅していた。そし て夕闇が迫るころ、ようやく陰気なアッシャー家の館が見える場所までたどりついた。
だが館を一目見た瞬間、なぜか、耐えがたいほどの憂鬱に心が満たされた。ふつうなら、どんなに荒涼とした恐ろしい自然の姿に 接しても、心地好いとすらいえる詩的な情感がわきおこり、気持ちが和らぐものだが、いま見ている風景にはそれが感じられない。耐 えがたい気持ちになったのはそのせいだった。
私は目の前にひろがる光景を形づくっているものを、ひとつひとつ確認するように眺めた。館、領地の単調な地形、寒々とした壁 、虚ろな眼窩のような窓、生い茂る菅草、朽ちた木々の白い幹。そのとき私をおそった憂鬱は、阿片耽溺者が夢から醒めたときの憂鬱 にたとえるしか説明の方法がない。目の前で幻に帳をおろされ、現実に引き戻される者の憂鬱。心が凍てつき、暗澹たる思いがひろが っていく。どんなに想像力をかきたてても、それを崇高なものに結びつけられないと知ったとき、救いがたい寂寥感が私をつつんだ。
いったい、どういうことだろう? 私は馬を止めて考えこんだ。アッシャー館を見て、これほど不安な気持ちになるのはなぜなの だ? いくら考えても謎は解けなかった。心に押しよせてくる暗い幻想に立ち向かうこともできない。
自然の事物が組み合わさって、ひとの心にそんな印象を与えることもあるのだろう、いくら分析しようとしても無理だ、しょせん は人智を越える営みなのだから、自分を納得させるほかはなかった。
もしかしたら、些細な部分を組みかえただけで、この光景の悲しげな印象は大幅に薄らぐのではないだろうか。あるいは、まった く消えてしまうかもしれない。そう思って、館の傍らにひろがる沼のほとりの切り立った縁へ馬を進め、輝きをたたえた黒い鏡のよう な水面をのぞきこんでみたが、前にもまして激しい戦慄をおぼえるだけの結果に終わった。そこに逆さまに映る灰色の菅草や青白い幹 、虚ろな眼窩のような窓の姿が、さらに私を怯えさせたのだ。
「アッシャー家の崩壊 The Fall of the House of Usher」
エドガー・アラン・ポオ /岡田柊・訳
幻想・怪奇小説の舞台となった館の標本函トピックです。
2010年01月09日 18:29 by progfanta
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