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幻想・神秘・怪奇の世界

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踏切/線路 -crossing / railroad -

 銀色のレール

 夜、踏切を渡ることもある。もっとも多いのは書き終わった原稿を封筒に入れて、郵便ポストに入れに行くとき。しばしば終電車 が通ったあとの夜更けになる。
 もちろん通る人は誰もいない。このときも無意識のうちに踏切の中央で立ちどまる。新代田駅も下北沢駅もホームの灯は消えて、 線路わきに立っている信号灯の不気味なほど青い灯だけがついている。そしてその青過ぎる光が、レールの銀色の表面をm私の足元ま できらめき走ってくるように映っている。
 両側に蛍光灯が終夜ついている踏切の上だけは仄明るいが、それ以外に線路の両側の家々の灯は消えている。闇の中を二本の直線 だけが光っている。青い光の反射が、毎日車輪で研磨されているレールの鋼(はがね)の白銀の色を、闇の中でいっそう際立たせる。 踏切から下北沢駅のホームまでの線路が正確に真直であることが、余計白銀の輝きに凄味を与えている。
 その深夜に冷然と光り走るレールを見つめる度に(魅入られるようにして、私は必ずそれをしばらく見つめてしまう)、何か絶対 的で必然的な掟が、否応なく実在することの徴(しるし)を見せられたような思いに駆られる。足が震えるなどということはないが、 意識と身体の芯に銀色の楔(くさび)を打ち込まれるような気分になる。

 「踏切」 日野啓三『梯の立つ都市 冥府と永遠の花』


踏切や線路で見たり考えたりすることについて記録のトピックです。

2010年02月22日 00:00  by cymbalina

コメント一覧 1件中、1~1件表示

  •  その踏切を、健一は何度も渡った。
     生活費の足しに、ポスティングのアルバイトをすることにした。自転車に乗って、住宅関係のチラシを郵便受けに入れて回る仕事 だ。健一の受け持ち地域には、踏切の向こう側の街も含まれていた。
     べつに開かずの踏切ではない。線路は上下の二本だけだ。両方向から列車が来ても、遮断機が上がるまでさほど時間はかからない 。
     見通しもいい。線路はずっと直線だ。樹木などの障害物もない。
     なのに、ここを通るたびに健一は嫌な感じになった。
     あるとき、その理由に気づいた。
     線路のほうに目を凝らすと、白いものが見えたのだ。
     花だった。
     ただし、咲いている花ではない。
     邪魔にならないところに自転車を止め、健一はそちらに近づいた。
     弔花だった。
     白と薄い黄色の菊の花が束ねられている。路線脇に、だれかが思いをこめてこの花を手向けたのだ。
     しかも、花束は一つではなかった。
     かなり前に手向けられたものは、ひからびて色あせていた。

     ここで事故が起きたんだ。
     だれかが、飛びこんで……



    (倉阪鬼一郎『恐怖之場所 死にます。』第一話「遮断機が上がったら」)

    2010年03月01日 21:30 by qusumisave