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幻想と淡々たる森の雫

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夜の情景

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一緒に 夜の情景のなかを
歩いてくれるひとがいれば
うれしいです

はじめまして

2009年12月06日 22:57  by progfanta

コメント一覧 4件中、1~4件表示

  •  幻灯機 ~1~

    幻の映像を覗く。


     庭にベランダが張り出した白い家が見える。そのベランダに置かれた白いイスでわたしが眠っている。
     夜。夜は冷気と薄明に包まれた繊細な月光の宮殿。この世界に別の世界からなにかが現れてくる瞬間のおぼろな表情を月の光が照 らしている。白いドレスを着たわたしもたった今生まれてきたばかりのように夜の空間に滲んでいる。夜にはありとあらゆるものが生 まれ変わる。

     わたしは膝を合わせて足先を開いている。右肩の方に顔を向け黒い髪は胸元と頬にかかっている。白いテーブルに置かれたランタ ンの光はわたしの鼻の横の細いひっかき傷を照らしている。そのテーブルには一冊の読みかけの青い表紙の本が開かれたままになって いる。わたしの左手がその上に置かれている。そのページの中の黒い活字のひとつひとつが、輝く小さな玉虫になってかすかに動いて いる。綴られた言葉がこことは別の空間に隠されていた意味により生命を持つのだ。その宝石のような虫たちの触覚にわたしの髪が感 応している。夜に生まれる夢の波動はふるえるように細い。わたしの髪よりも。昼には現実であったものが全く無意味なものへと裏返 り、そして宇宙の無限へと続くすきまがわずかに開く。その出入り口を虫たちは知っていて、わたしのオーラの蔦を這い登ってくる。


     今、あなたもその同じ場所に現れる。あなたは木立の中の細い道を通り抜け、月光の海のような広い草むらに出る。そこは隅々ま でが秘められた色で充実したベルシア絨毯のようだ。月の光は死の領域からのオブセッション。あなたも月の光に取り憑かれている。 そして宇宙のほとんど全部が夜に支配された幻であることに気づく。
     …やがてあなたは草むらを横切って、垣根に作られた木のドアにたどり着く。その小さなドアを開けて庭に入る。あなたはそこで 立ち止まり、木の影からわたしを見つめる。影の中でその顔は見えない。
     

    2009年12月06日 23:10 by progfanta

  •  幻灯機 ~2~

     ふるえる光の中であらゆる細部に神と聖霊が宿っている。あなたの爪にも。スボンのしわのひとつひとつにも。無意味の中で孤立 し死にかけていた生命がここで癒されている。夜の世界の幻の中にこそあらゆる意味が溢れているのが感じられる。夜はあなたの行為 が何かの意味を生む時だ。わたしの閉じた瞼を見て。わたしのわずかに開いた唇を見て。喉からドレスの襟元へ入っていく胸を。なだ らかな膨らみに映る光と内側に閉じていく陰を。裾から出ているふくらはぎを。わたしのくるぶしと足の指を。

     どういう風にわたしをこの夜に捧げる? わたしのからだを、すべての肌を月光に浸しながら。それはわたしの隠れていた部分を 暴くことではなく、夜の幻の中に潜ませてしまうこと。わたしはドレスを脱いで夜の光の中に隠れる。あなたは再びレンズを通してそ こに息づいている隠された意味を覗く。冷たい快楽の中で自分自身を忘れ、あなたは視線を、閉じられたわたしの陰にすべりこませる 。あなたは視線そのものであり、快楽の水そのものになる。そこには細かい月の欠片が無数に浮かんでいる。そのときわたしのからだ は悦びと何かを非難する輝きに包まれている。わたしの誘惑の毒があなたの水に溶けていく。
     

    2009年12月06日 23:08 by progfanta

  •  幻灯機 ~3~

     ここからはどのシーンにでも行ける。幻灯機は回る。


     まず、あなたは静かにテーブルに近づいてきて、指先でわたしの唇に触れる。わたしは目覚めない。そこでわたしのドレスの肩紐 に手をかける。わたしの胸が月光に洗われる。あなたは甘く冷ややかな緊張を覚える。
     それからあなたは、テーブルの上の開かれた本に気づく。ページの活字がうごめいている。それが小さくてきれいな甲虫であるの を見てあなたは驚く。額に手を当てて信じられないという風に首を振る。そしてもう一度虫たちを凝視する。そのときあなたの頭にそ の一匹一匹の単語が秘めていた本来の深い意味が稲妻のようにひらめく。何千年もの時間のマジックがそこで開示される。とたんにあ なたは静かに佇む石のモニュメントとなる。やがてその上を月の砂漠のラクダの商隊のような虫の連なりが這っていく。


     別のシーンでは、あなたはまずテーブルの上のオイルランタンのバルブ開閉つまみを右に回す。すーっと灯りは消えていく。そし て給油口のキャップを緩めてタンク内の圧力を抜く。あたりは月光だけによる青い風景になる。すると、庭の上を小さな何かの群れが 横切る。それはスズメダイの一種で、一斉に向きを変えると月光であざやかに輝く。ほかにも月光の中をチョウチョウウオやハタやア イゴが泳いでいる。
     眠っているわたしは人魚になっている。長い髪がゆらゆらと揺れている。下半身のうろこが月光にきらきらと輝いている。あなた の身体に浮力が生じて、あなたは上へ上へと浮かんでいく。ザバッと海面に顔を出すとそこは南太平洋の無人島で、何も身に付けてい ないわたしがあなたを見つけて手を振っている。
     

    2009年12月06日 23:07 by progfanta

  •  幻灯機 ~4~

     また別のシーンではわたしは目を覚ます。あなたはわたしと目を合わせた瞬間に自分を思い出す。あなたは男ではなく、もう一人 のわたしだ。二人のわたしはお互いの十本の指を重ね合わせたあと、その場で服を脱いでそれを交換する。月光で白く輝くわたしたち のからだは確かに女のかたちをしているが、それは外見上だけだ。着替えたわたしたちは垣根の外の草原に出る。そしてマスクを外す と、光る触角のようなアンテナが立ち上がる。そのまわりをホタルくらいの光点が衛星のように回っている。そしてわたしたちは迎え に来るもののために着陸の合図を空に向かって送る。


      …次のシーン、次のシーン、次のシーン…幻灯機は回っている。
       夜は、月光は、秘密の話を語り続ける。女の秘密を。幻灯機のレンズを通して。
     
     

    2009年12月06日 23:06 by progfanta