琴音
コツ・・・コツ・・・・
静かに閣下は地下への階段を下っていく。
そして行き着いたのは、まるで刑務所のような部屋だった。
無数の牢獄に人が入り、閣下が通るたびに何人かの男たちが罵声を浴びせた。
しかし彼は何の興味も示さずに、ただ一番奥の牢獄を目指した。
そして、そこにもたれて座っていた男に声をかける。
「やあ。待たせたね、黒虎。」
「これはこれは閣下殿。ずいぶんと遅かったじゃねえか。」
「色々あったからね。で、彼は?」
閣下は牢屋の奥に繋がれたシューラを見やった。
「見てのとおりさ。俺が来てから身じろぎ一つしちゃいねえ。」
「ふうん・・・・・・」
小さく呟くと、彼は懐から鍵を取り出した。
さび付いた音をさせて扉は開き、黒虎は狭そうに身を屈ませながら閣下の後に続いた。
閣下はシューラの顎をつかむと、頬をたたいたり引っ張ったりと試みた。
するとシューラはようやく目を覚ましたのか、とろんとした瞳で閣下を見つめた。
「薬でもかがせたのか?」
閣下は眉をひそめると、黒虎を見た。
シューラを捕らえたのは黒虎の部下。
彼は居心地悪そうに閣下から目をそらして弁解した。
「し・・・・仕方ないだろう。相手は魔術師だしな。」
「まったく・・・・。仕方ないな、こっちの薬を使うか・・・・。」
閣下が取り出したのは透明な液体。
彼はそれを注射器に入れると、シューラの服の袖をまくった。
「それは?」
「別に・・・・・彼から村の場所を聞き出そうと思ってね。黒虎、君は村の場所が分かり次第そっちに向かってくれ。」
閣下の瞳は残忍に光っていた。
霞弐屍兎
「……シューラ遅いね」
二人は既に例の村からは退き、元に居た町に戻ってきている。既に日は落ち、空は漆黒と化しているが、街灯によってその暗闇 は引き裂かれ、まだまだ眠らない、と誇張しているようだった。
そんな時、セラがそう漏らしたのは、例の魔術師のことを思い出したからである。
「何言ってんだ。二、三日かかるって言ってただろう」
「……そうだっけ」
「あぁ、言ってた……が」
ふいにエリックは立ち止まった。
「……なるほど、お前がそんな話を持ち出すということは、ちょいとマズいのかも知れないな」
「ん……やっぱり?」
セラの唯一と言っては悪いが、エリックと違って突飛している邪気感知能力。いわゆる、シックスセンスである。人間にとって は、ただの目安にしかならない第六感も、魔術師からしてみれば、れっきとした魔術である。
今、セラがそんな発言をしたということは、恐らくはシューラに何か良くないことが起こっていると、セラの第六感が教示して いるのであろう。
「といってもなぁ……前と違って範囲は特定できないんだろう?」
「……さぁ……今回のは無意識のだから……」
エリックは既に彼の身に何か起きたと確信している。それはセラの性格を考慮してでの確信である。
その時、一台の車が彼らの傍で停まった。中から長身の男が現れる。エリックは知らぬ間に警戒態勢に入っていた。
男はセラとエリックを直視し、叫んだ。
「そこの二人に警告だ。さっさと此処から退き、自分達の村に帰れ」
エリックは眉を顰めた。警告?誰が?何故?
「何のことですか? 僕達は此処に済んでいる者なんですが……」
エリックがそう言ったのを聞いて、セラは驚いたように目を見開いたが、すぐに自分の使命を思い出して、平静をどうにか装っ た。
だが男も全く動じない。
「もう一度言う。帰れ」
男はそれだけ言うと、車にそさくさと乗り込んで行ってしまった。
全く状況が読めないセラと、怪訝そうな顔をして考え込むエリック。
やがて、セラがそれに気づいた。
「何かな、これ」
名刺程の大きさのカードである。米粒の様な字がみっちりと書き込まれている。
「なるほどな……罠って訳か……」
そこには、枷で繋がれたシューラの写真と、その監禁場所の座標が書き込まれていた。
五週目・琴音
「ああ・・・だが少年のほうは・・・・。」
「分かってるよ、殺さなくてもいい。じゃあ後は任せるよ。僕は先にあの子に会わないとだからね。」
閣下の言葉を聞き終えると同時に、女はその場から消えた。
それを見届けると、彼は側にあった電話を取った。
「あ、艶歌かい?さっきのユニットを彼女に渡してくれるかい?」
『彼女ってあの魔女の事?私あいつ好きじゃないなー。』
「まあまあ、我慢してくれ。利用できる物は最後まで使わないとね。」
電話の向こうで、艶歌がクスクスと笑っているのが分かった。
『閣下らしいね。分かった、渡しておく。ねえ、私も一緒に行ってもいい?やっぱりじかに見たいんだもの。』
「お好きなだけどうぞ。じゃあ僕も忙しいから・・・・頼んだよ。」
『はいはーい!』
艶歌の明るい声とともに、電話は切れた。
閣下は立ち上がると、黒虎に合流するべくその場を立ち去った。
ニ
エリックが声を上げた。セラはビックリして、間違ってないか魔方陣を再度確かめる。
活力吸収とは、いわゆる睡眠魔法である。ただ程度が違う。活力吸収は、活動に必要なエネルギーの発生を遅滞させて、活動の 存続を不能にする訳で、睡眠とは少し違う。早い話が、仮死状態になるわけである。
エリックはてっきりここまで大きな魔方陣だったから、高度な技術を用いた魔力抽出を試みたものだと思っていたが、どうやら 違うようだ。
──活力を無くした魔術師の契りの『知識』はどうなるのか。
ようやく気がついた。周囲に意味ありげに配置されていた無骨な機械の数々が。何やら容器の様なものが嵌まるような窪みがあ る。その周囲に焦げ痕。
「あいつ…………」
人類は恐るべき速度で発展を遂げていたらしい。
閣下は窓越しにとある装置を眺めていた。
太陽を連想させるその球体は、筒状の特殊な透明な物質の中に浮いており、その上下には先の鋭い装置が取り付けられている。
「なるほど……これが永久燃料……」
人類の力のみでは手にいれられない、幻の産物。
閣下の口端が吊りあがる。
尽きないエネルギーを手にした今、我々は神と同義。恐れるものは何も無い。
「ね、あれを供給源とした軍事ユニットが作れたよっ!見る見る?」
後ろから、艶歌がぽん、と閣下の肩を叩く。白衣に、結われていた三つ編みはほどかれて綺麗なロングになっていた。
「もうできたのか……まだ黒虎の訊問が済んでないんだけどな」
「今度のは自信作なのにな……じゃあ、後で絶対見に来てねっ!」
それだけ言うと、艶歌は駆けていってしまった。
思ったよりも早いその成果に胸を躍らせる閣下の後ろに、一人の人影が近づく。
「満足か?」
白ローブの女。その白いローブのたもとが赤く染まっている。真新しい血の跡。
「色々協力をありがとう。これでようやく全面戦争ができるね」
閣下は振り向かずに言う。
「それよりも、先にすべきことがある」
「子鼠二匹の駆除かい? てこずりそうだね、なんか。艶歌の成果も見たいから、その新ユニット云々とかいうのと戦わせて見て よ」
霞弐屍兎
一
「なるほどな……」
エリックはまた暫し調べるようにその不気味な空間を調べていたが、やがてそう納得がいったかのように言った。因みにセラに 関しては、エリックの配慮によって魔方陣の用途について調べていた。
「どうしたの?」
その言葉に反応して、セラが顔を上げる。視線がどこかぎこちないのは、死体を直視できないからだ。
「この死体は恐らく、この上の住民たちだろう。魔力を抽出しようとして失敗したか」
「抽出?」
「どちらかというと、『魔力』というよりは、『知識』と呼んだ方が正しいな。俺達のこの魔法は、祖先に与えられた咎の名残な んだ。咎……というか、契か。呪文により、知識を共有し、その代償を魔法という形で具現化するということだな……って大丈夫か? 」
エリックの饒舌をセラはぽかんとして聞いている。エリックは説明をし始めると止まらない性格の持ち主らしい。それも、とっ ても分かりにくい言葉を使って。
「……んんん?契……?……誰と?」
「……そんなことも知らないかお前は。全く……」
エリックは深くため息をついて、空を……洞窟の天井を指差した。
「無法の神。デロラウス。俺達の祖先はそいつと接触し、そういった契りを交わして今の力を所持している」
エリックはちらりと死体に目をやった。一人の光の無い瞳が彼を見ている。
「だから、な。この俗に言う魔法の力を使用できるのは、その祖先の血を引いている俺達だけというわけだ。こうやって魔術師を 拷問にかけて、抽出しようとして逆に貴重な容器を潰してしまったわけだ」
セラは段々事情が呑み込めて来たような気がした。
「一体誰が……?」
「愚問だな。こんな能の無いことするのは人間に決まってる。……裏に居るのはあの同族殺しだろうけどな」
エリックはそこまで言ってから、セラと正面から向き直った。セラは魔方陣の中央に座り込んでいた。
「そんで、そいつは何だったんだ?」
エリックがそう言うと、セラは一瞬ぽかんとしたが、自分の座っているところに気がつくと、慌てて答えた。
「え、えとね。大規模な活力吸収魔方陣みたい。もう使用済みだから、もうこれは使えないけど……」
「活力吸収だと?」
弐
階段は地下深くまで繋がっていた。
「凄いね、ここ。どうやって掘ったんろう?」
「さあな。それにしてもお前、よくここが分かったな。俺でさえ分からなかったのに。」
セラは照れたように微笑んだ。
「私ね、昔から嫌な物を感じることが出来るの。魔術師としての感覚を使うのとはまた別って言うか・・・・。物心ついたときか らあったからなんていったらいいか分からないんだけどね。」
エリックはふと自分が祖父から教わった、ある伝承を思い出した。
「昔・・・魔術師の始祖はお前みたいに、危険を察知する事に長けていたらしいな。今では失われてしまった能力だが・・・・・ ・なるほど、だからお前が選ばれたのか。」
「それだけじゃないもん!ちゃんと実力もあるよ!!」
むくれたように頬を膨らますセラを見て、エリックは思わず笑ってしまった。
「あ、ひどーい。エリックったら・・・・。」
二人は他愛もない会話をつづける。
だが、突然階段が終わった事によってその会話も途絶えた。
その目についたのは、広い空間と機械の数々。
そして、腐敗臭だった。
「ひどい匂い・・・。いったい?」
「アレだろうな。お前は見ないほうがいいかもしれん。」
「なに・・・・・?」
部屋の片隅にあったのは、大きな魔方陣とその上につまれた魔術師たちの死体だった。
四週目・琴音
壱
二人はそのまま数時間調査を続け、そろそろキリをつけようとエリックがセラを見た時だった。
セラが、ある一点に立ち尽くしていた。
「セラ・・・・?」
エリックが何事かと思って側によると、セラが青ざめた顔で地面を指差した。
「ここ・・・・・この下、なんかやな感じがする・・・・・・・。」
「なんだと・・・・?」
エリックも感覚を研ぎ澄ませて見るが、彼には何も感じない。
「俺には何にも感じないぞ。間違いじゃないのか?」
セラは首を横に振り、不安げな顔でエリックの服の裾をつかんだ。
「分かった。調べてみよう。手伝え。」
エリックは地面に膝をつくと、セラが指差したあたりを中心に掘り始めた。
「あいにく今日は地を掘る呪文なんか覚えてないからな。セラ、お前もう少し範囲絞れるか?」
「あ、うん・・・・この辺かな。私も手伝うよ。」
二人は泥だらけになってまで掘り続けた。
救いといえば、セラが一夜越しになる事を考えて清めの呪文を記憶してきた事だろうか。
「これは・・・・・。」
見つけたのは、木のふたの上から魔術で厳重に守られた入り口。
「エリック・・・・入れそう?」
「ああ。これなら問題ない。」
彼はいとも簡単にその入り口をあけて見せた。
「入るぞ。お前も来るか?」
「もちろん!」
二人は清めの呪文で汚れを落とすと、入り口から続く階段を降り始めた。
そして場所は戻る・・・
「どうやらここがそうらしいな。微かにだが魔力の痕跡が残ってる」
セラは今どうして分かるの?とは聞かなかった
どうせまたバカにされるに決まっている。
「魔力の痕跡を知るには自分の魔力を使わないで周りの魔力で魔法が少しでも使えればできる。それは初歩的だが忘れやすい」
エリックは人の心を読めるのかもしれない・・・
「エリック。ちょっと来て」
セラはエリックを呼んだ
「何だ?」
「ここってまだ新しいよね。この魔力の痕跡」
そこはついさっきまで人がいたかのような痕跡があった
「・・・・・・・」
まさかここまで吸収が早いとはなぁ・・・・
エリックでも見つけられなかったものがセラに見つけられたというのはイライラするのが反面、少しはまともになってきたかとい ううれしさのほうが上だった。
「おっと。そうさせる気はないぞ」
1人だけ礼しなかった男が暗闇から現れた
背はかなり高い。
そしてその男だけ軍服ではなく普通の服。
首のロザリオが怪しく光る
背中にはその男よりももっとでかい剣を帯びていた
その男は腕に虎の刺青をしていた。真っ黒な虎である。
「おやおや。黒虎。」
「おやおや。なんて呑気なこたぁ言わせねぇよ。閣下殿?」
明らかに皮肉を込めて黒虎は言った
「分かった分かった。でもお前1人じゃ何しでかすか分からないからな。俺も付いて行くんだ」
チッ・・・・
黒虎は面倒な表情を浮かべると下に下りていった
二部
──彼らがそんな会話をしている場所から、数百キロ離れた大都市。
多くの高層鉄筋ビルが立ち並び、多くの人々が今日も昨日と同じく過ごすように活動している。
そんな、平凡な風景をヘリから眺める男……否、少年がいた。
糊の効いた赤いスーツを見事に着こなし、優雅にヘリの後部座席に座っている。その切れ目の細い双眸は、片方は蒼い目、片方 は黒い目、と外見から異端である。そのうちの蒼い目を中途半端に長い前髪で隠している。おおよそ、冷酷といった表現がぴったりな 少年である。
「閣下……連絡が入りました。あの子供の周囲をうろつく魔術師の一人を捕縛したとのこと……」
その後ろ、黒いサングラスを掛けた男がそう告げた。閣下と呼ばれた少年の口端がつーと吊りあがる。
「あの子供に対する実験は成功か……流石、艶歌(えんか)だね……」
その声に、ヘリのパイロットが振り向いた。艶歌という単語に反応したようだ。
操縦席に座っているのは、年端もいかない少女であった。黒く長い髪を一本の三つ編みに纏めていて、細い顔の線にくっきりと した顔立ちの、可憐な少女である。
しかし、外見と反比例して、ヘリを操縦するその手さばきは、そこらのベテランを遥かに凌いでいるといってもいい。
「ほんとに?」
「あぁ……本当だとも。後で死ぬほど褒めてやるから前を向いてくれ」
「あ、ごめんごめん」
艶歌の前方不注意を、閣下は相変わらず変わらない口調で窘める。
ヘリはそのまま、街上空を飛行した後、物騒なフェンスに区切られたヘリポートに着陸した。
プロペラの回転によって生じる強風も爆音も気にせず、閣下がヘリから降りる。
そんな彼を出迎えたのは……軍服を身にまとった屈強な男たち。
「……捕虜は?」
「保留所です。寝かせてあります」
代表と思しき大男が声を張り上げた。右の二の腕辺りに、ナイフらしきものを装備していて、左の二の腕辺りには切り傷と思わ れる、大きな古傷がある。
──閣下の弟である。
「……僕が話を聞こう」
閣下が言うと、男達が一斉に礼をした。
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